アガペーって何?すぐ分かるイエス・キリストの愛!

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アガペーって何?イエス・キリストの愛とは?

忙しい人の為の解説

「アガペー」とは、キリスト教の新約聖書において用いられている愛の概念である。

その特質は、神から与えられ、人々に平等に降り注ぎ、また無償の愛であるとされる。「貧乏人こそ救われる」というイエス・キリストのアガペーは、ルールを重んじて、富豪に有利なユダヤ教と深く対立した。

アガペーの概念はどうやってできたの?

そもそも、アガペーって「無償の愛」だとかなんとかいうけど、何がそんなにすごいのか?

実はこの「無償の愛」ってかなりやばい。何がやばいって、愛を無償だと説いたせいでイエス・キリストは死刑になったし、色んな伝道者が殉死(宗教活動で死ぬこと)してしまったんだよね。

このことを話すために、まず当時エルサレムを支配していた「パリサイ人」から軽くおさらいしてみよう!それから、イエスの行った宗教活動の様子の概略を説明する。

ルールを重んじたパリサイ人

パリサイ人とは、紀元前6世紀ごろから紀元後1世紀くらいまで主流だったユダヤ教のグループのことだ。

パリサイ人は基本的に「律法(ルール)」を重んじ、ルールを厳しく守ることこそ良い行いだと思っている集団なのだ。「パリサイ」には「分離する者」という意味が込められていて、「ルールを守らない人とは違う!」って言っていたくらいなんだ。

また、パリサイ人は、成功した人を優遇していたんだよね。その考えの背景にあったのは、「裕福な人は努力したから裕福だし、貧乏な人は努力しなかったから貧乏なんだ」っていうパリサイ人の理想があったんだ。

当時のエルサレムの貧富の格差は激しくて、貧乏人は男性は盗みを働いたり、女性は身を売ったりしてお金を稼がなきゃいけない状況にあった。そんななかで、そもそも「貧乏人にルールを守るのは無理!」となって、貧乏人の不満はたまる一方だった。

救世主と呼ばれたイエス・キリスト

こうなったら、エルサレムの貧乏人たちは、「誰かこの状況を助けて!」ということになる。そうして、誰もが宗教革命を起こすべく、数々の人が指導者になろうと広場で演説を行なったんだよね。

ひときわ目立った思想を説いていて、明らかに人気が高かったのがイエス・キリストだ。イエスの元に弟子も集まり、本格的な宗教活動になった。

弟子たちも、イエスならこのエルサレムをパリサイ人の支配から救ってくれると期待しながら慕った。

イエス一行は宗教活動をするために、数々のパリサイ人との議論に勝たなきゃならなかった。

信者の前で丸め込まれてしまったら、カリスマとして体面が立たない。勝って、自分の宗教こそが一番だということを示すため理論武装をしなきゃいけなかった。

イエスの弁舌は最強だった。イエスの最強さのカギとなった思想の中心にあったのが「アガペー」なのである(1。なぜ「無償の愛」であるアガペーが強かったのか?

敵にも平等に降り注がれるアガペーとは?

「無償の愛」というのは最大の矛にして、最大の盾である。

パリサイ人「おいおい、君たちの無償の愛?そんなものあるのかね?」
イエス「あります」
パリサイ人「じゃあ、敵の俺のことも愛せるというのか?」
イエス「はい、愛しています」
パリサイ人「は?そんなことあるもんか!これならどうだ!バチーン!!(右の頬を叩く音)」
イエス「どうぞ、左の頬も叩いてください」
パリサイ人「は?おかしいんじゃないの?怒れよ!」
イエス「怒りません。私は汝の罪を許します。さあ、左の頬も叩いてください」
パリサイ人「参りました」

というわけだ。このようにして、幾多のパリサイ人も破り次第にイエスの信者が増えていった。

しかし、イエスの思想というのはあくまで「無償の愛」だ。そのために、イエスは敵を愛し、貧乏人を愛し、「究極の平等の愛」を実践していった。

次第に信者を増やし、大きな勢力となっていっても、イエスは宗教活動そっちのけで小汚い盗人や、卑しいとされていた娼婦ばかり気にかけていたのである。

それを見て、後にキリスト教の布教に大きな役割を果たすパウロを含めた弟子たちは「ん?なんかこいつおかしいぞ?宗教活動してても、全然パリサイ人をこらしめないじゃないか!」って感じで不満をためることになる。

というか、「敵をも愛せよとか正気か?俺たちは長年パリサイ人に苦しめられてきた。イエスはその状況を救ってくれるんじゃないのか!」となるのも、まあ、当たり前だ。

せっかく「打倒パリサイ人」という反旗を掲げて立ち上がっているのに、「その人たちも愛します」とか意味が分からない。一体イエスは何がしたかったんだ?

アガペーが大切な言葉である理由

多分宗教活動の際に、イエスも一緒になってパリサイ人をいじめ始めていたら、きっとここまでキリスト教が大きな勢力になることはなかっただろう。

どうしてキリスト教がこんなに繁栄したのだろうか?原因は勿論一つには特定できないけど、この「アガペー」を巡るエピソードが一つの答えになっている。

さて、アガペーの思想がどのように洗練されるのか、その様子を説明しよう!

イエスの反感が高まってくる

弟子たちの、イエスに対するヘイトはだんだんと集まってきた。

更に、イエスの説いた「無償の愛」はそもそも裕福なパリサイ人にとっては厄介な思想だ。なぜなら、無償の愛が存在したら、自分の富を貧しいものに配分しなきゃいけないからである。

誰でも、自分の利益を奪われるのは嫌だろう。そういった感情も相まって、だんだんイエスはいろんな人に嫌われ始めてしまう。

当の本人のイエスはそんなことはお構いなしに「アガペー」を説くのである。「貧しいものこそ救われるべきである」という思想を貫き、病人に親切にする。

しかし、弟子たちの憎悪と、パリサイ人の反感は頂点にまで達し、ついに一番弟子であるユダの裏切りによってイエス・キリストはハメられ、死刑判決を受けるのである。

イエスの十字架にアガペーを見出したパウロ

そうして、イエスは多数の信者と、敵であったパリサイ人、そして弟子たちに見守られながら、十字架にかけられて死ぬのである。

パウロは考えた。実はイエスは逃げようと思えば逃げられたのだ。何故イエスは逃げなかったのだろう?

そして、イエスは死ぬ間際まで、自分の利益について何も考えず、ただ他の人のために教えを説いていた。イエスって一体何なんだ?そうして、パウロはハッとするのである。

イエスは十字架で、「自己犠牲的な愛」を体現したのだと…。

イエスのアガペーは、「無償の愛」を究極にまで突き詰めたがゆえに、敵や貧乏人にも降り注がれ、更には自己利益を一切求めないがために、自己犠牲的になることに気が付いた。

「イエスにずっと付き添っていたからわかる。アガペーはイエスの生き方そのものだったのだと!」

そうして、パウロは弟子一番の伝道師となり、西へ東へとキリスト教を布教していくのである。

アガペーを中心としたキリスト教は各地でも今までの「自己利益的」な宗教と真逆の思想であるために、受け入れと迫害を繰り返していった。

まとめ

アガペーの中心的な思想は、「無償の愛」「平等の愛」そして「自己犠牲的な愛」である。

キリスト教一の伝道師であるパウロが新約聖書に「アガペー」をもっとも用いて布教した。彼はキリストの十字架に深い感銘を受けたのである。

アガペーは、律法(ルール)を重んじ、「裕福な人は努力しているために裕福である」といったパリサイ人の思想と深く対立した。

そうであるがゆえに、イエス・キリストのアガペーの思想は歴史的にも重要な役割を果たすことになったのである。

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参考図書

参考記事「A. ニーグレンによる愛の古典的研究(アガペー)

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(1 イエスが「アガペー」という言葉を使ったかどうかは定かではない。当時「アガペー」という言葉は「より好む」程度の意味しかなかったようである。アガペーにイエス・キリストの独特な愛の意味を当てたのはパウロだと言われている。パウロによる新約聖書では最も多くアガペーという語が使用されている。

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