今すぐ使える哲学用語!:「コンテクスト」

哲学や言語学の領域でよく聞く、コンテクストという言葉。実は使えたら結構便利な言葉です。
今回は、この言葉の解説と、どういうシーンで使えばいいのかを解説していきます。

コンテクストとは?

「文脈」という言葉の意味を確認する

コンテクストは、日本語に訳すると「文脈」になります。
ほとんどの場合、コンテクストと文脈は同じ意味で使われますが、コンテクストの方がより広い意味で使われる場合が多いです。

ここで「文脈」という言葉の意味を確認してみると、

「文章の流れの中にある意味内容のつながりぐあい」

     (大辞林)

つまり、文脈は「文章の流れ」みたいなものでしょう。

例えば、「空」という漢字は、「青空」と「空車」で意味が変わってくる。「青空」は「そら」、「空車」は「空(あ)く」と読める。
これは、「空」という漢字についている「青」や「車」という漢字の違いに依存しているということです。言い換えれば、「空」という漢字が、「青」や「車」という文脈に依存しているというわけです。

このように考えてみると、多くの単語や文章が文脈に依存していることが分かります。例えば、皆さんが使っている「マウス」が「動物のネズミ」の意味で取られないのも、「パソコンを操作する」という文脈があるからこそなのです。

「コンテクスト」とは何か?

コンテクストも、基本は文脈と同じです。
しかしコンテクストの場合、文章に限らず、社会やあらゆる現象のつながりを意味することがあります。

例えば、「あなたのコンテクストは、私のとは違う」と言ったときの「コンテクスト」は、あなたの文章という意味に限らず、「その人がここに来るまでどういう経緯を踏んで、これからどうしたいか」と言った意味があります。

哲学においては(これも、コンテクストの一種ですが)、人やモノというのはそれぞれ「他者に依存している存在である」と見なす立場が優勢なため、自己や文章の意味を規定するのにコンテクストの問題が重要になってきます。

「僕たちはどれだけのコンテクストに依存しているか?」と言う問題は、現代哲学を読むにあたって欠かせない問いになります。
ハイデガーやデリダと言った哲学者に触れるとき、私たちがいかにコンテクストに縛られているかが明らかになるでしょう。

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実際のシーンで使ってみよう!

とりあえず、使ってみないと話になりません。
言葉とは、使って初めてその意味を理解できます。周りの人に通じようが通じなかろうが関係はありません。通じなかったときは、意味を解説すればいいのです。
それを面倒くさがるような友達は、切りましょう。

ファミレスで……

A「この本どうだった?」

B「うーん、いまいちだったかな」

A「え、なんでよ! 絶対おもしろいと思ったのに! ちゃんと同じもの読んだでしょ?」

B「内容は同じでも、この本を読んだときのコンテクストは違ったんじゃないかな」

A「え? どういうこと?」

B「ええっと、A君がその本に触れたときの環境や状況が、僕とは全然違うってこと。君の性格も、僕の性格と全然違うし」

A「つまり、状況が違ったから、本の内容も違った印象を持ったってこと?」

B「そう! ここまで話したら、どうしてA君にはおもしろくて僕にはおもしろくなかったかが気になってきた。一緒にコンテクストの違いを考えてみない?」

帰り道で……

A「はー、今日も疲れた。帰りに一杯飲んでいかない?」

B「一杯? 何を飲むの?」

A「呆れた。これに決まってんじゃん、これ(お猪口を口へ傾けるしぐさをしながら)」

B「いやいや、これじゃわかんないよ。ジュース?」

A「はぁ、僕たちは成人。そして、今は会社帰りでしょ。そこで一杯飲んでくって言われたら、お酒しかないでしょ」

B「なるほど。このコンテクストでは、『一杯』という言葉は『お酒』という意味になるんだね! 勉強になったわ」

A「今まで知らなかったのかよ! 全く、これだからコンテクストを共有しようとしない人間と喋るのは付かれるなあ」

ハイコンテクストとローコンテクスト

若干心理学用語になりますが、「ハイコンテクスト」と「ローコンテクスト」という言葉の意味に触れておきましょう。

ハイコンテクスト文化

先ほどの、「帰り道で……」の項目で話していたA君とB君で説明しようと思います。
A君は、「一杯」という言葉を使って「お酒を飲もう」という意図を伝えようとしました。

しかし、B君はそれを理解できません。会話中にも合ったように、「一杯=お酒」となるには、たくさんのコンテクストを共有している必要があるからです。
このように、多くのコンテクストに依存していることを「ハイコンテクスト」と言います。

A君のお酒を飲むしぐさなども、「ハイコンテクスト」と言えるでしょう。口元で何かを飲んでいるしぐさから、持っているものが「お猪口」だと推測するには、やはりA君や日本社会のコンテクストをたくさん知っておかなければなりません。
A君のような会話をする人がたくさんいるような文化を「ハイコンテクスト文化」と言います。日本は、しばしば遠回し表現をするため、ハイコンテクスト文化だと言われることが多いようです(決してそんなことはないが……笑)。

おもしろいのは、「トイレ」の表現の多さです。「お手洗い」「化粧室」などは、非常にハイコンテクストな言葉でしょう。「お花を摘みに行ってくる」とか、センスさえ感じます。

ローコンテクスト文化

反対に、ローコンテクストとは、ほとんど文脈に依存しない言葉になります。
簡単に言えば、「誰でもすぐわかる言葉」がローコンテクストと呼べるでしょう。

例えば、「○○入門」だとか「○○を解説する」と行った本やブログは、非常にローコンテクストな文章であることが多いです。というか、そうじゃなきゃ不親切極まりない。
このブログも、例外なく「ローコンテクスト」であることを心がけています。多分。

「一杯」という言葉が伝わらないA君は、しびれを切らして「はぁ、僕たちは成人。そして、今は会社帰りでしょ。そこで一杯飲んでくって言われたら、お酒しかないでしょ」と説明しています。
この説明なら、「一杯=お酒」ということが誰に対しても伝わりますよね。これがローコンテクストです。
通常人間は、こうしてハイコンテクストとローコンテクストを使い分けながら会話しています。

※関連記事:役に立つことばかりが重要ではないという論の見取り図

「文脈依存的」と「文脈自由的」は、このハイコンテクストとローコンテクストに対応しています。言葉を言い換えるとよりわかりやすくなると思います。

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