エッセイ: 想像力を働かせろと言われること

想像力とは何だろうか

大学や会社で「想像力をもっと働かせろ」と怒られることがある。私は確かに想像力が貧困だから、「まぁ、確かに」と素直に聞く。
言われた通りしばらく「想像力」を一生懸命働かせながら作業をしていると、途中でふと気が付く。想像力ってなんだろう…?その疑問に呼応するように、再び「マジで想像力がないのか」と怒られる。

ふっ…私は想像力が豊富にあるので、「想像力ってなんですか?」と聞き返してはならないことを知っている。どうせ「想像力がわからないなんて想像力がなさすぎる!」と言い返されるのがオチだろう。
しかし、彼らはどうか?「想像力が分からないなんて想像力がなさすぎる!」と彼らが言うだろうという想像力を僕が働かせているという想像力を、彼は想像できるだろうか?
もし想像できるのなら、きっと彼らは僕に「想像力もないのか」と怒ることはないだろうから、きっと彼らも想像力がないのだろう。想像力に言及する人間はみんな、想像力がない。

想像力を言及できる人間がいないのであれば、想像力は無用の長物だということになりはしまいか。なぜなら、誰も使うことのできないのなら、存在してもしなくても世界に何の影響も与えないからである。
例えば、「ヌヴェポ」という概念がこの世にあるかもしれないとして、ただその存在に誰も言及できないとしたら「ヌヴェポ」が一体何だというのだろう?
何でもないのならばどうということもないが、「お前にはヌヴェポがなさすぎる!」と怒られるものならひとたまりもない。存在するかもしないかもわからないもので怒られるなんて、損でしかない。

「お前はゴミョピョも知らなければ、ゲリュムも知らない。アビャバも知らなければ、ムジャピーも知らない。え?知らないなら教えてくれって?そういうのをゲリュムを知らないって言うんだよ!」

この「想像力」問題は、私にとって非常に大きな問題であるため、公開メモとして保存しておく。

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