A. ニーグレンによる愛の古典的研究(アガペー)

A. ニーグレンによる「愛の類型論」

ちょっと堅い話になってしまうので、やわらかめの文体で書こうと思う。
愛は、西洋文化で中心と考えられてきたキリスト教で中心概念だったにもかかわらず、あまり話し合われてこなかった。愛に初めて図式的な理解を与えたのがスウェーデンの神学者のA. ニーグレンである。

ニーグレンはルター派の倫理学者で、彼はプロテスタントの視点から、ルターの功績を「キリスト教の愛の復活」という形で説こうとした。この「キリスト教の愛」こそが「アガペー」と呼ばれるものである。
そして、「プラトンによって完成した『エロース類型』が、中世スコラ学において『アガペー類型』を侵食し、マルティン・ルターによって二つに分けられたという『アガペー』の闘争の歴史という図式」が、ニーグレンの『アガペーとエロース』の大まかな流れである(1

今回は「アガペー類型」の愛がどうやって生み出されたかを書こうと思う。

パリサイ人の反抗から生まれた「アガペー類型」

キリストが生まれた頃、世間はユダヤ教が主流であった。ユダヤ教を信仰していた「パリサイ人」は律法を重んじ、厳格で、成功者を優遇するような共同体を形成していたそうだ。
つまり、「富める者は努力したから富み、貧しいものは卑しきゆえに貧しかった」と考えていた。この考え方は当然「貧富の差」を生み、当時のエルサレムは弱者にとってつらい場所になっていた。

この「貧富の差」は、貧しい者にとって耐え難いものとなり、各地で新たな宗教運動が起こるようになってきた。その一人が、「イエス・キリスト」である。
イエスの説く思想は、当時とても新鮮で、すぐに弟子が集まり、イエスの前には演説の聴講が徐々に増えていった。

どうしてイエスの説いた思想は、当時の民衆にとって新鮮だったのか。それは「われは正しい者を招かんとにあらで、罪人を招かんとて来れり」という言葉に現れている。
つまり、当時のユダヤ教では「富裕層」こそ救済の対象だったが、イエスの教えにおいてはその真逆で、「貧困層」こそ救わねばならないという教えだったのだ。

その真逆の思想は、パリサイ人の富裕層にとってはとても脅威だった。「お前らの富は正当なものではない」という思想が現れたというわけである。
反対する勢力が次々とイエスに恥をかかせようと討論するのであるが、イエスの思想はちょっとやそっとで破られるはずもなく、パリサイ人を負かせていった。

しかし、イエスはどうも「社会運動」をやっているわけではなかったそうだ。自らの新しい思想にこだわることもなく、ただひたすら教えを説いているだけだった。弟子たちの中でも「隣人を愛しなさい」という言葉は議論の的だったようだ。
イエスのいう「隣人」とはまさか、われわれを迫害している「パリサイ人」をも含むのではなかろうか。そういった疑念が弟子たちの中で徐々に湧くことになっていった(2

パウロによって聖書の中で初めて使われた「アガペー」

その疑念を多く抱いていたのが、なんと「パウロ」である。
パウロはイエスの死後、伝道師として一番キリストの思想を広めるのに貢献した人物である。何を隠そう、この「敵をも愛せ」という言葉に「アガペー」を取り入れたのはパウロだった。パウロは、どうやってこの疑念を払拭したのだろうか。

イエスは、結局パリサイ人指導者に死刑を求められた。そこに至るまでには「弟子の裏切り」「富裕層の反発」など様々なことがあったと言われている。
とりあえず、ここで知っていてほしいのは、キリスト教の教えは当時の民衆にとって「非常に新鮮過ぎた」ということである。
言っていることが真逆すぎて、明快な思想であるにもかかわらず、誰も理解できなかった。そしてイエスは、ピラトに死刑判決を受け、有名な「ゴルゴダの丘」を登らされ、「皆の罪を許す」と説きながら十字架に括り付けられ死んだのである。

もう一度強調すると、パウロはイエスの教えに対して最も懐疑的であった。しかし、そのパウロだからこそ、イエスの「十字架による死」に最も強烈な印象を受けたのである。
「イエスの愛」は決して「社会運動」のためのものではなかった。これは「人類に対する平等に開かれた愛そのもの」だったわけである。
彼の目には、「ユダヤ教」と「新たなその宗教」の対立などもはや念頭になかったに違いない。

「アガペー」という言葉は、キリスト教以前ではきわめて曖昧だった
「愛」という言葉にあたるギリシア語は様々あったが、「アガペー」はほとんど用いられなかった。だからこそ、「イエスのこの愛の思想」に独特の意味を与える言葉こそ「アガペー」だったのではないかと言われている。
パウロは、イエスの「十字架」に「愛の本質」を見た。そして、「アガペー」に新たな観念を与えることになったということだ。

ニーグレンによる「アガペー類型」の説明は、パウロによるアガペーの使用の分析によって行われている。
弟子の一人であるヨハネにおいても「アガペー」という言葉は使用されているが、「アガペー」の使用回数は最もパウロにおいて多く、パウロの「アガペー」こそ最も特徴が現れているとしている(3

「アガペー」に現れる四つの特徴

「アガペー」は自発的で、誘発されない。

「アガペー」は、神以外の何者からも原因されない側面を持つ。
つまり、「君たちが裕福であろうが貧乏であろうが、神様から発せられた愛に優劣が決まることはない」ということである。
したがって、「神が人間を愛する、という場合には、これは人間がどうであるかということの判断ではなくて、神がどうであるかということの判断」ということになる。神の愛は人間に対して平等に降り注ぐ。

「アガペー」は人の功績に関わりがない。

これは、有名な「ぶどう園の比喩」に現れている(4。ぶどう園においては、一見後から来た人の方が先に来た人よりも仕事量が少ないために得をしているようにみえる。
事実その通りであるが、こここそが「パリサイ人の理解」と「イエスの思想」が対立したところであり、富裕層が恐怖を覚えた部分である。

神の前では「合理的な正当性の意味」が失われるわけである。後のものが先になり、先のものが後になる」というアガペーの特徴はつまり、神の前には何者も価値の観念がなくなるということだ。
なるほど、これは成功者に疎まれる倫理だよね。そもそも「頑張っても成功できない」んだから。というより、「みんな神の前では等しく失敗者」であるわけだ。

「アガペー」は創造的である。

神の前では、価値の観念はなくなってしまった。じゃあ、人間の価値はどこにあるのだろうか。
この論理が、「アガペーが創造的である」という発想につながる。人間はアガペーによってはじめて価値が創造されるのである。
もっと簡単に言うと、「神様は君を愛している。だからこそ君に価値ができる」というわけだ。なるほど、やっとなんか今のキリスト教っぽくなってきた。

「アガペー」は神との交わりの道を開く

ここが、「エロース」との対比で一番ニーグレンが強調している部分なので覚えていてほしい。「アガペー」は神の側から道を開いている。神との交わりの道は、「人間の側から決して到達できない」ということだ。

当時の宗教観では、「人間がいかに努力して神へ到達するか」を考えるものばかりであった。だからこそ、お金をためたり善行に励んだりする。しかし、「アガペー」においては一切それが否定されている。「アガペー」は神から下降する愛であって、決して上昇しないのだ。

「アガペー類型」は「エロース類型」と厳しく対立する

「アガペー」は神から下降する自発的な愛という性質を持つことが分かった。もちろんこれは、今のキリスト教観にはそぐわない面もある。でも、「アガペー」がこのような性質を持っていたということは歴史的に見てもおおむね妥当なように思われる。

これは次の記事で紹介する、古代ギリシャの特にプラトンによって完成した(とニーグレンが言っている)「エロース類型」と厳しく対立することになる。
アガペーの観念は、プラトンのエロースの観念と対比させることによって一層理解が深まる」とニーグレンは説いている。

しかし、当時の愛の観念の見方によって、人が何人も死に、裏切り裏切られ、政局がいくつも覆されるというドラマティックな展開は、現代では想像もつかない。
しかし、当時の愛の観念はそこまで力を持っていたんだということが分かる。現代のふわふわした「恋愛」はどこから来たのだろうか。より一層その問題が疑わしくなることは間違いない。

ということで、今回はアガペーが現れた歴史的背景と特質を説明したところで終わりたいと思う。

・「プラトニック・ラブ」の本当の意味に迫る。プラトンにおける愛の思想は実は「アガペー」よりも難解だ。なぜなら、世界観が違い過ぎるからである。

・ニーグレンの愛の図式は単純すぎるという批判がかなり行われている。「エロース」を紹介した後、その一つの例を紹介したい。

・なんかもっと楽しい愛を学びたい!!もう少し待ってください。歴史なしには愛は語れない!かなぁ…?笑


(1 A. ニーグレン『アガペーとエロース 第一巻』岸千年、大内弘介訳

(2 遠藤周作『イエスの生涯』新潮文庫。これを参考にしている。イエス・キリストの生涯がドラマティックに描かれた名著。

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