A. ニーグレンによる愛の古典的研究(エロース)

様々な意味を与えられるエロース

A. ニーグレンが愛の思想を考察する際に、キリスト教に端を発する「アガペー類型」と対比されて説明されていた愛の概念が「エロース類型」の愛である(アガペーについては前記事「A. ニーグレンによる愛の古典的研究(アガペー)」を参照)。
「エロース」とは思春期を通過した皆様方ならよく知っておられるだろう「エロい」の語源ともいわれている言葉だが、実は「エロース」は非常に様々な意味が込められていた。

古代ギリシアでは、「愛」を意味する言葉は様々あった。
その代表的な言葉が、先述の「アガペー」と「エロース」、そして後にアリストテレスによって説かれる「フィリア」などが挙げられる。
この中でもとりわけ「エロース」が最も一般的に普及しており、古代ギリシア語圏において多様な形態を持つ愛の世界を展開している。愛が哲学の俎上に載せられるとき、その中心的な愛の概念は「エロース」であった。

「エロース」は、最古の文献であるホメロスの『オデュッセイア』にも用いられているという。
最初の方では、エロースは美の神アフロディテが表す肉体的情欲が操っているというような、性欲と結び付けられて考えられることが多かった。エロースとアフロディテの関連はその後も多く語られることになるが、時代が進むにつれてエロースの愛の働きによって明瞭に区別されるようになる。
すなわち、「精神的で天上的なエロース」と「感性的で万人的なエロース」と分けられるようになるのだ。

プラトンの「エロース観」の成立背景とは?

なるほど、エロースは本当に多様だったわけだ。
よく考えれば、現代にもその残滓が認められる気がする。「本物のエロス」と「下賤なエロ」は存在し、前者はどことなく芸術的な感性が感じられるが、後者は本当に18禁で社会では隠されるべき存在に規定されやすい。
古代ギリシアでも、「高尚なエロース」と「感性的なエロース」に分けられ、プラトンは前者をとりわけ論じたようである。

プラトンの時代は、「異性に対する恋愛よりも少年愛の方がいっそう高貴な愛であり、この少年愛でも肉体的な関係より精神的な関係の方が価値が高いと考えられていた」のである。
少年愛が重んじられたのは、当時のギリシアの婦人たちは地位が低く教養が欠けていたからだという見方がある。
しかし、ギリシアの壺には、少年に性交渉をしている絵などが描かれており、そこから分かるのは、少年愛においても肉体的欲求を満たしていたと考えられる。

プラトンは、そのような当時の流行りがいかに教育に悪いかを説くため、この「高尚なエロース」の概念を更に磨き上げている。
もう一度繰り返すとプラトンのエロースは、「感性的なエロース」ではなく「天上的なエロース」だった。その特質は、「少年に対する愛であり、精神的な関係を好む愛」であった。

ところで「プラトンのような愛」を意味する「プラトニック・ラブ」を辞書で引けば次のようになる(ブリタニカ国際大百科事典より引用)。

一般には肉体的感覚的欲望に優越する精神的愛をいい,文字通りプラトンの愛 (エロス) に由来する。なおプラトンのエロスは,性愛的段階での対象との合一を超克して,超越的価値との出会いを目的とする。

現在「プラトニック・ラブ」という言葉が使われる際には「男女の愛」と言う意味が含まれるが、語源に沿えば間違いである。
プラトンはあくまで「壮年の兵士と少年との同性愛」を説いていた。「プラトニック・ラブ」の実践においてまず困難になるのは、「そもそも男女の仲で精神的な愛だけの関係が成り立つのか?」が問題となるようだがプラトンにおいてもそれは「成し得なかった」ように考えられる。

プラトンにおける「エロース観」の特質

プラトンのエロース観は、彼の著作である『饗宴』(岩波文庫、森進一訳)に記載されている。そこでは、エロース誕生の神話が描かれ、エロースの特質を如実に表している。

アフロディテが生れた時のこと、神々の宴がもよおされた。そのなかには、さまざまな神々にまじり、知恵の女神メーティスの息子にあたる、策知の神ポロスも同席していた。

そして宴も終った頃のことだが、豊かな馳走も出たこととて、貧窮の女神ペニアが物乞いをしようと姿をあらわし、門のそばに佇んだ。折も折、策知の神ポロスは、神酒にしたたか酔い―その頃葡萄酒はまだありません―ゼウスの園に入り込みましたが、酩酊のため、体を気だるくし、眠りにおちてしまいました。

貧窮の女神ペニアは、そこで、わが身の貧しさに思いをはせ、豊かなる策知の神ポロスの子を宿さばや、とのたくらみを胸に、ポロスのそばにその身を横たえ、そこに愛の神エロースを宿したのでした。
愛の神が、アフロディテに従うのも、仕えるものとなっているゆえんも、ここにあるのです。つまり、一つには、アフロディテの誕生祝賀の宴に生れたため、一つには、その性、美を好むものであるうえに、かのアフロディテがまた、美しい女神でいられるからなのです。

何度読んでも恐ろしい話だ。宴会に出席する男性は気を付けよう。酩酊して倒れ込んでいると、いつのまにか女性を身ごもらせる事態になる…というわけだ。
まぁ、そんな神話に対するいちゃもんは置いておいて、エロースのこのような生誕の秘話から、プラトンはエロースの特質を「知と無知との中間にあって知を愛し求める哲学の根源」と説いている。

なるほど、貧窮の女神の「貪欲さ」と、智策の神ポロスの「善美を求める特質」が受け継がれているというのが「愛の神エロースの特質」というわけだ。
確かに現代の「エロス」にもそういう一面がある。エロスをかきたてられるのはひとえにそれを見たいという「好奇心」から成り立っている。
しかし、プラトンにとってのエロースの対象は、「善や美などのイデア」だった。

プラトンの「エロースの段階」は、まず少年の「美しい肉体」を愛するところから始まる。
しかし、肉体にこだわることは卑しく、次第に軽蔑するべき対象としている。その次の段階としてプラトンは「魂に宿る美」を貴いものと考えるべきだと説いている。「魂に宿る美」を愛することで、「肉体における美」を軽蔑できると説明している。

因みに、この段階において、「壮年兵は、少年に美しい言葉を産み付ける」ことを実践しなければならない。つまり、これが後々の教育の実践となる。
当時のギリシアでは、端的に言ってしまえば、「おっさんと少年」のペアが組まされ、バディとなって一緒に活動し、おっさんになった少年はまた、新たな少年と組むというサイクルがあった(最も、プラトンの時代にはその間で性交渉も流行っていたらしい)。

そして、この言葉の数々が、やがて、「美しい知識」へ導く。ここは『饗宴』の原文がきれいに説明しているので引用する。

美の大海原にその身を差向け、その美を観照し、尽きぬ知識愛にむせびながら、美しく、立派な言葉や思想のかずかずを産みつけるためなのです。また、ついには、その美の大海原で鍛えられ、生長し、ある一つの美を対象とする、ある一つの知識を、しっかりと見るようになるためなのです。

あ、なんかプラトンっぽくなってきた。そう、そこには「美のイデア」がイメージされている。「エロースは美のイデアに至るまでの道」になるというのがプラトンの主張だ。
もっとかみ砕いて言えば、「美しさを知るためには、愛の道をたどるしかない!」と言っているのだ。

具体的な「エロース」の性質

ここからは、またA. ニーグレンの考察に戻る。ニーグレンは「エロースの特質」を次の三つにまとめている。「アガペー」との対比も含めて説明しよう。

欲望の愛

いきなり真反対の考察が現れたぞ!
端的に言えば「エロース」は価値のあるものに対して、それを欲しいと思う愛なのである。人間は生涯の内に幸福でありたいと、より高次の願いを欲するこの営みに「エロース」は必要不可欠だと考えられていた。
「神には誘発されない愛」であるアガペーとは真逆である。

人間の神に至る道としてのエロース

これも真逆だ!
エロースは「欲望の愛」であるがゆえに、「人間の側から神に至る道」として考えられていた。つまり、「エロース」は「上昇する愛」なのである。
プラトンは常に「感覚からの脱出」を説いていたため、神へ至る道を構想するのは自然なことである。
ここでも「アガペー」との対比が見られる。アガペーは「神の側からしか人間に到達することはできないと考え、また、下降する愛」だった。

自己中心の愛

エロースは、「欲望の愛」であると同時に「人間の側から神に至る道」であったために、それは「自己中心の愛」を持ち得る。
自己中心的な愛から脱するには「善をまずは自分で持とう!善を維持したいと考えれば、まぁ、そこで他人とも分かり合えるから!」と言った調子だ。
因みにプラトンはエロースのこの特質から、「友人も欲望の上に成り立つ」と言っていた。これは、一部の人にとっては分かり合えない考えなんじゃなかろうか。

因みに、「アガペー」は「神が人間に与える愛」として描かれていた。ここにも、「エロース」との対比が見て取れると、ニーグレンは言っている。確かに真反対だ。

ニーグレンにおけるこの「エロース」と「アガペー」観は本当か?

なんとも分かりやすい対比だった。恐らくきっと、ここまで読んでくださった読者であれば大体理解できただろう。恐らく概説はこれで大丈夫だと思われる。

しかし、冒頭でいったように「エロース」というのは様々な意味が含まれていた。ニーグレンによれば「エロースはプラトンによって完成した」そうだ。
しかし、ニーグレンがこのように、「プラトン的なエロース」を「完成したエロース」とし、「アガペー」と対比させたのは訳がある。
それは、彼は「プロテスタント系」の倫理学者であり、「エロース」を「アガペー」に相容れないものとして引き剥がそうとしたかったのだ。

こんなに真逆の概念であれば、中世スコラ哲学によって行われていた統合の歴史は無理があって、これを宗教革命(1517年)によってマルティン・ルターが分裂させたんだという構想」をすでに持っていたが故の対比である。なんと、「確証バイアス」だ!
哲学の歴史は、「画期的な構想」を描き、「確証バイアス」が固まってきたところで誰かに再批判される。そんな歴史を持っている(気がする)。因みに哲学者が「確証バイアス」持つ経緯は「哲学は本当に自然科学のおまけなのか?」に少し書いた。

さて、具体的になにがまずいかと言えば、まず「プラトンにおけるエロース観は、エロースの歴史を見てもかなり特異な存在」だったように考えられる。
そもそももう一度言うと、プラトンにおける愛は、少年愛が前提であった。しかし、エロースを論じた哲学者は他に「エピクロス」「ルクレティウス」と名を連ねているが、彼らは「エロース」を「自然主義的な愛(つまり、自然と言うか動物っぽいと言うかって雰囲気だと思ってくれれば)」と見なし、男女間の愛であり、性衝動も伴うと説いている。
なんだ、全然違うじゃないか!

現代の「エロス」には「好奇心」が含まれていて、これはおそらく「プラトンのエロース観」が大きく影響しているだろうと思われる。
しかし、少年愛に「エロース」が含まれるのは、プラトンとプラトンの時代の哲学者特有の性質だった。
因みに、現代の「自然主義的愛」の見方に大きく影響を及ぼしている、精神分析家のジークムント・フロイトは、このような綺麗すぎる「プラトン的エロース」を批判し、エピクロスやルクレティウスの性衝動的な愛の見方と一致する考えを持っていた。

様々なことが絡み合う「愛の歴史」

とまあ、こんな感じで今回も長くなってしまった。エロースの歴史は、エピクロス、ルクレティウス、オウィディウスとまだまだ続く。それはまたおいおい…って感じですか。
とりあえず、「アガペー」と「エロース」に関しての説明は以上となる。なるほど、「愛の観念」はこのように出来上がっていったんだね。今と全然違うわ。

愛の様々な学説は実は、その人の思想を知るのにとてもてっとり早いということがわかっただろう。
今回は「愛の観念」のみの解説だったが、同時に「キリスト教の根本の思想」と「プラトンの思想」も説明できたと思っている。
当時の哲学者にとって、愛は中心の概念だった。人の愛を知ることは、その人自身を知ることでもあるように思う。

さてまた、疑問点をいくつか残して終わりにしたいと思う。

・この解説、「エロース」を扱っているのに、全然エロくない!現代の「エロス」はどのように進化していったの?先ほど少し挙げた、フロイトにも関連するので、いつか書きたい。

・愛は他にも様々ある。「カリタス」「クピディタス」「アモール」「フィリア」そして宮廷的恋愛などのドラマティックな愛…全部書こうとするとさすがに死ぬし、きっと途中で飽きるのでまた小出しにしながら説明したい。

「友達」ってなんだろう。欲望の上しか成り立たないと言っていたプラトンに反論できる理論とは?実はアリストテレスの「フィリア」がそれを解くカギになり得る。

「友達」と「恋人」の線引きってあるの?もうね、はやくこれ、書きたいんですよ。準備中・・・。


参考文献(詳しくは「A. ニーグレンによる愛の古典的研究(アガペー)参照)

金子晴勇『愛の思想史』知泉書館

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