「主観」と「客観」という言葉の意味をもう一回おさらいしよう!①

「あなたって本当、主観で人を判断するよね!」
「君だって全然客観的に話ができないじゃないか!」

「主観/客観」という言葉は、哲学用語でありながら、たくさんの人に使われている概念の一つです。
先の会話イメージのように主観的か客観的かで喧嘩になることもしばしば。いやー、ほんと人間関係って難しいな!

今回は、こんな喧嘩に発展しないように、「主観/客観」という言葉の意味をもう一回おさらいしようと思います。

「主観」と「客観」という言葉の意味をもう一回おさらいしよう!

最初に、辞書の定義だけ引っ張りたいと思います。

主観:対象について認識・行為・評価などを行う意識のはたらき、またそのはたらきをなす者(大辞林 第三版)

客観:主観の認識・行為の対象となるもの。主観に現れるもの。世界。かっかん(大辞林 第三版)

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日常用語としての「主観/客観」

辞書を引くと、なんだかよく分からん。現代のわれわれが、こんな意味で「主観/客観」という言葉を使っているとは思えません。

日常生活ではどうやって使われているのか?

ちょっと日常用語っぽくこの言葉を説明してみましょう。

主観:人ひとりの考え方

客観:全員が理解できる考え方

という感じですかね。
例えば、「あなたって本当、主観で人を判断するよね!」とは、「あなたは、自分の考えだけで人を判断するよね」という意味だと考えられます。

そのメッセージには、「私のこととか、世間一般のこととかを全然考慮に入れてくれない。だから、その判断は間違っている!」という意味になります。

一方で、「君だって全然客観的に話ができないじゃないか!」というのは、「君だって全員が考えているやり方で物事を考えられていないじゃないか!」という意味と捉えられます。
つまり、「君だって自分の考えだけを押し通そうとしているだろ!」と主張しているわけです。

「主観↔客観」が成立している!

ふーむ……。何が「主観」で何が「客観」なんだか……? この問いはひとまず置いておいて、この会話から分かるのは、「主観↔客観」というように「対比関係」がなんとなく成り立っていると読めるということです。
この二人は、「意見が客観的であればいい」という信念があるのかなあ。客観的……ん?

あれ? なんで「主観」は「主観」なのに、「客観」は「客観」なんだ? もしかして「主観↔客観」じゃないのでは……?

完全な「客観」は無理

客観の定義をもう一回おさらいしてみましょう。

客観:全員が理解できる考え方

「全員が理解できる考え方」って本当にあり得るのだろうか?

どんな考え方も、例外が存在する

例えば、リンゴのことを「りんご」と呼ぶのは、客観からの判断のように思えます。しかし、みんなも知っているように、海外では「アップル」と発音されます。
このことから、リンゴを「りんご」と発音して指をさすのは、日本人による主観ともいえちゃうわけです。

このことを突き詰めると、「地球が回っている」とか、「塩は塩化ナトリウムから出来ている」みたいな、ほとんど事実と言ってもいいようなものも客観ではないといえます。

例えば、「地球が回っている」という考え方は、一旦キリスト教が否定しています。それまでは、「太陽が地球の周りを回っている」って考えられてきたもんですから、「そんなもんは認めねえ!」ってなったのでしょう。
ガリレオは地動説を支持して、有罪判決を受けていました。それくらい大変な考えだったのです。今でも熱狂的なキリスト信者が、もしかしたら地動説に反対しているかもしれません。

「1+1=2」は? って思う人もいるかもしれません。確かに……。

しかし、この世界に「1+1=2」が成り立つようなことって、そんなに多いでしょうか。
良くドラマとかで、「君と二人で力を合わせれば、1+1=∞(笑)だ!」というセリフを見かけます。フフッとなっちゃうのは気のせい

しかし、これは冗談でも何でもなくて、実感として「1+1=2」ではない場合があるんじゃないかなあ。「相乗効果」とか良く言われるけれど、あれは「二人の仕事分以上の効果を得る」ですしね。
恋人との愛がもし「1+1=2」だったらきっと飽きちゃうのだと思います。

補足しておくと、「1+1=2」というのは、数学の世界で「これが破綻したらめちゃくちゃになるから、正しいかどうかは別として約束事としておこう(公理)」と言う意味で使われています。決して「真理」ではないってことです。

みんななんとなく分かっている

「僕の意見は客観なんだ」というセリフがなんとなく気持ち悪いのは、みんなもきっと「本当の客観は無理」ということがなんとなく分かっているからです。

いくらデータを取ろうとみんなの意見をたくさん聞こうと必ず「例外」が出てきてしまいます。それに、「データ」を読み取る際にも必ず「自分の考え(解釈)」が生まれるので、完全な客観とは程遠くなります。

だから、みんな「客観」とは言わず「客観的」というわけです。心の中で、「ああ、誰かにとっては間違ってんだろうなあ」と思っているんだと思います。

なので、なんとなく「主観↔客観」という図式が気持ち悪く思えます。日常会話レベルでは、「主観↔客観的」とする方が説得力があります。


さて、以上が「日常会話レベル」での「主観/客観」のおさらいとなります。おそらくここで疑問がわくと思います。「主観↔客観」という図式は、昔からあったのか……

次の記事ではこの点について説明します。「主観/客観」はいったいどうなっていたのでしょう。
とりあえず、記事のトップにあった会話に収拾をつけてきましょう。

「あなたって本当、主観で人を判断するよね!」
「君だって全然客観的に話ができないじゃないか!」

「そうね。確かにお互い客観的じゃなかったわ」
「ああ。俺らの主観がぶつかっていただけだった。そりゃ、お互いの主観が違って当然だよな」
「うん。お互い、先入観をなくして、『自分が何を思っているのか』を話し合いましょ」
「そうしよう!」


次の記事→「主観」は昔、「客観」の意味を持っていた!?

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